松風 27

松風 第二七回 

 人生の被写界深度

北野健治

 久しぶりに街に出た。電車に揺られながら隣の女性を見ると、スマホで一心不乱にゲームに興じていた。周りを見れば、スマホを触っている人たちが風景に溶け込んでいる。もう普通の光景だ。

 スマホが普及するまでは、車内では紙媒体を手にする人が一般的だった。新聞、雑誌、漫画、単行本、文庫本などなど。

 そういえば、ウォークマンが流行って以降は、音楽メディアを耳にする人が増えていた。そういう自分も、ウォークマンを入手した当初は粋がって外出するときは耳にしたものだった。

 それをやめたのは、作曲家の故・武満徹氏の影響による。彼の「ひとつの音に世界を聴く。」という姿勢。

 だからといって音楽メディアで楽曲を聴くことを否定しているわけではない。それをどこで、いつ聴くかの姿勢の違い。

 世界は深く、生きている音に満ちている。それに耳を傾けることの豊かさ。そこには音楽の本質に通じるものがある。

 ゲームに興じている彼女を横目で見ながら、画面への反応の速さに驚愕した。考えながら、というよりも反射神経の世界。考えるよりも先に指が動く。

 世の中が便利になるにつれ、生活のリズムがスピードアップしている観がある。それも人の生きているリズム以上に。

 ふと写真のこと思い出した。一般的にカメラは、ピントとシャッタースピードで被写体との距離が決まる。速いシャッタースピードは光量が多いので、被写体とその周辺は近い(浅い)。反対に、遅くなればなるほど光量は少ないので、被写体は深まっていく。

 つまり撮りたい世界の構図を決めるためには、光量とシャッタースピードをコントロールする必要がある。そこでフィルムの感光度を調整しながら、その世界の深さを決めていく。

 こうして撮影する被写体の奥行のことを「被写界深度」という。時間をかければかけるほど深さは増していく。

 これは、思考にも人生にも言えることではないか? ゆっくりと時間をかけることで、その深みが生じる。

 急行電車がスピードアップしていく。さまざまな音が周辺に満ちている。子供の泣き声、電車のきしむ音……。

 車窓から差し込む冬の日差しの角度は浅い。直接目に入り込む。そのまばゆさに目を細めながら、光と音に満ちた世界に身を委ねている。

2025年12月21日

(つづく)

                         

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