松風 第三〇回
音・世界・沈黙、そして唄
Japanese Modern Classic 8
北野健治
エッセイの初回に、「場」を作りたいと書いた。そのときにイメージしたモデルとなる「場」がふたつある。ひとつは、「実験工房」。もうひとつが、「草月アートセンター」。
それぞれの活動期間をいまネットで調べたところ、実験工房が1951年から57年(ただし、正式な解散はしていない。)(※Wikipedia参照)。草月アートセンターは、1958年から71年まで(※いけばな草月会HP参照)。奇しくも、二つの場が連なっていることに気づいた。
ふたつの場に関わる人たちの中には、重複して活動する人も少なくなかった。そのひとりに、武満徹がいる。
現代作曲家として世界に名だたる彼はまた、エッセイ、映画評論の分野でも秀逸な文章を遺している。映画評論については、自身が作曲した映画音楽があまたあることからもわかるけれど。
ここで私が注目したいのは、彼はまた活動家でもあったということ。特にベトナム戦争時の彼は、デモにも参加し、それを題材とした盟友・谷川俊太郎の詩に曲をつけている。
私が彼に最も影響をされたことは、「ひとつの音に世界を聴く」という精神だ。以前このエッセイで触れたことがあるが、それによりウォークマン発売直後のそれが流行っていた当時のこと。購入したにもかかわらず、それを携帯して音楽を聴きながら何かをすることをやめたほど。
彼の最初のエッセイ集のタイトルでもあり、彼の立ち位置がはっきりと表明されたエピグラムがある。『音、沈黙と測りあえるほどに』(新潮社、1971年)。
現代音楽と聞くと無調性のイメージが強い。明確なメロディーというよりも音の構成物。だからとっつきにくく、わかりにくいと。音楽で「わかる」というのは、ひとつの大きなテーマなので、私の手には負いかねる。だから私の音楽の聴き方に触れる。
先に触れた「ひとつの音と世界」。そして「音と沈黙」。どちらも関係性だ。メロディーが音をラインでつないでいくのと違って、音同士(そこには沈黙も含まれる)の関係性の中で作品が成立する。
それは武満自身のあり方に他ならない。
「政治的」という言葉がある。一般的には、体制への働きかけについてのイメージがある。が、私にとっては、「生きる」ことと同義語の観がある。それは、先に述べた「関係性」という点で。
ホモ・サピエンス、ホモ・ルーデンスと人の定義にはいろいろとある。私は、「人間」という動物が社会性を持った時点で、「ホモ・ポリティコ」と考える。なぜなら、ひとはひとりでは生きていけないから。
武満にとって音楽は、社会・世界・時代とさまざまなパースペクティヴを持ったひととしての「生」の本質である「関係」の表現ではなかったのではないか。逆に言えば、それらのことを彼が最も表現しやすかったのが音楽だったのだと。
武満が唄を好きだったこともそれに由来しているのかも。唄は誰かとのつながりのなかで紡がれるものだから。彼の音楽は唄でもあったのだ。
他界する二日前、武満は病室でひとりバッハの「マタイ受難曲」をラジオで聴く。翌日、彼は妻にその素晴らしさを改めて語る。そしてその翌日にひとり旅立つ。
「ありうべき関係性」。今。彼の音楽を聴いて、私の心に沸き立つ感慨は、この一言につきる。
ロシアがウクライナに、イスラエルがパレスチナへ、そして今、新たにアメリカがイランを。
武満の唄が心に沁みる。
2026年3月5日
(つづく)
